日本人の英語のまずい原因2:遠慮は英語の勉強ではデメリットでしかない!

前回、日本人の英語がよろしくない原因として、勉強時間とその活用方法のまずさにあることをまとめました。

英語は、それらの言語よりは少なからず簡単ですし、すでに中高と6年間、受験勉強や大学での勉強も含めると、それらを超過しているような人も少なくないかもしれません。もし、それ以上の時間勉強しているにもかかわらず、英語が話せないというのは、能力の問題ではなく、単に『材料だけたくさん手元にあるが、使えない』という状況なのです。

今回は、文化的視点から、我々の日本語のマズイ原因を見ていきたいと思います。

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文化的要因としての我々の英語の問題点

日本人の英語が拙い原因の主たる要因として挙げられるのが、この『文化的要因』です。文化的要因とは、要するに我々の生まれ育った環境や文化に左右されるような要因のことで、我々の意識に根を張ってとれないような、少々質の悪いものでもあります。

さて、具体的にどのような文化的背景が、我々の英語教育に悪影響を及ぼすのでしょうか。以下、少し英文を抜粋してみたので読んでみましょう。

People are allowed to get away with not speaking. In fact, they’re encouraged not to speak. Japan cultivates a society based upon keeping your lid on tight. Nobody wants you to go off doing something crazy, like saying what’s on your mind.

『日本ではことさら特段話さなくても良いとされている。というか、沈黙が美徳とされる風潮さえうかがえるのだ。日本文化はいわば「自己抑制」の文化であると言ってもよく、人と違ったことをしたり言ったりすることは好まれない。』

何度か海外での経験がありますが、確かに日本人は外国人と比較して、圧倒的に自己表現が苦手です。プレゼンにしろ、会議にしろ、海外で何年か生活をしていた人や帰国子女の日本人はともかく、英語だけ話せる日本人に関してはそこまで積極的に自己表現をしません。

そもそも、日本語を使っていてさえもシャイな人が多いのに、苦手な英語を使っての自己表現となったら、恐らく世界一シャイな民族なのではないでしょうか。

そして、沈黙が美徳とされるようなヨーロッパの国は滅多にないと思います(謙虚・丁寧だとは思われるかもしれませんが)。特にヨーロッパなどは『言ったもの勝ち』的な風潮がありますので、多少間違った方向性でも自信満々に意見を述べたものが勝ちます。

そうした仕事や会議への影響はともかく、要するに『シャイ』なことの何が問題なのかと言うと、間違いを恐れて『英語を話さない』ということなのです。この『シャイであること』が日本人の英語の向上を妨げている大きな阻害要因であることにはまず間違いありません。

From childhood, the population is kept in line by well-meaning parents and teachers, who use all manner of physical and verbal discipline.

『子供のころから、多くの心優しい親たちや先生に囲まれて、彼らは周りと歩調を合わせるように教育されて育つのだ。そこでは、あらゆる種類の身体的、言語的な教育が施される。』

よく聞くジョークですが、沈みかけた豪華客船からそれぞれの民族を海に飛び込ませるために船長がかけた言葉、というものがあります。

アメリカ人の客には「ここで飛び込んだらヒーローですよ」と言い、
イタリア人の客には「海に豪華なワインが流れていますよ」と言い、
日本人の客には「みんな飛び込んでいますよ」と言う

日本人の「周りに合わせたがる」ということがネタにされているいい例です。

では、我々は、どうしてこんなにも周りと歩調を合わせたがり、どうしてこんなにも間違いを犯すことを恐れやすい民族になってしまったのでしょうか?その答え、というかそれに対する意見のようなものが、今回の記事に書かれています。

なぜ日本人は「失敗することを恐れるのか」

失敗は成功の元、と言います。練習では何度でも失敗していいですし、そもそも本番で成功するための練習なのです。その練習場である筈の学校ですら、我々は失敗を極端に恐れるようになっています。

Within the few times I’ve taught in elementary schools, I’ve seen a coach knock his players on the head with a baseball bat, a History teacher punch a kid in the chest and a Special Ed teacher body-slam a student who wouldn’t get a haircut. And that was in a good school district.

『何度か私は日本で教鞭をとる機会があったが、その際に、例えば野球のコーチが生徒をバットで叩いたり、歴史教師が生徒を殴ったり、あるいは教師が、髪を切ろうとしない生徒にボディスラム(プロレス技のよう)をかけたりしているのを目撃した。要するに、こうしたことが「いい教育」と日本で呼ばれているものなのだ。』

やれゆとり教育だと騒がれていますが、ヨーロッパの学校はゆとりどころではなく、先生は生徒にまったく手をあげません。こうした「体罰」や「厳しい躾」が、日本人に「失敗を怖がらせる原因」を埋め込んでいるのではないのか、とこの筆者は言っています。

そして、ジョークでも言おうものならこうした体罰を受けるのではないのか、と常にびくびくしている(と、この外国人の筆者は述べています)。

まあ、こうした教育機関における「体罰」が我々の内向性の原因か遠因か知りませんが、少なくとも私もあまり子供たちの学習に良い影響を与えてはいないのではないかと思います。

英語の学習において「沈黙は金」ではない

英語の学習でもっともまずいのは、とにかく「何もしないこと」です。書かない、話さない、と、アウトプットの勉強を、文法や語彙が揃ってから勉強しよう、といっていつまでも後回しにしていると、いつまでも英語の力は身につきません。

といって、その逆に「とにかく練習しまくろう!」といって文法や語彙と言った基礎をおざなりにして、外国人と会話ばかりしているのもいただけません(これなら英会話は向上するかもしれませんが、効率が悪いですしリーディングなどに援用できません。)

実際の英語の会議の場などで言い間違いや聞き違いをしてしまうのは少しまずいですが、例えばオンライン英会話などで言い間違い、聞き間違いをしてしまう分には全く問題ありませんし、むしろ練習の段階で間違いをたくさんおかしてしまった方が、どこが間違いなのか自身で気づくことができるので良いでしょう。

私自身、最初からすんなり憶えられた単語よりも、最初に間違って使っていて、後から指摘されてただした英語の方が長く覚えていますし、上手く使いこなせています。

オンライン英会話などを使った練習は、講師は海の向こうにいますし、何一つとして英語を怖がる心配はありません。長期的に見て上手くいくためにも、こうした機会を上手く生かして、たくさん英語を話、たくさん間違いをおかす練習をしておきましょう。

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